2016年9月6日火曜日

「インドのイム」展 装飾写本の謎(続報)

2015年5月9日土曜日 「インドのイム」展 装飾写本の謎

で、展示されていた図入りの装飾経典

(1)『八千頌般若波羅蜜多経』 パーラ朝 11世紀
(2)『五護陀羅尼経』 東インド 14世紀
(3)『仏説大乗荘厳宝王経』 東インド 14世紀頃。

の場所と年代について、

(1)『八千頌般若波羅蜜多経』 ネパール 13~15世紀
(2)『五護陀羅尼経』 ネパール 15~17世紀
(3)『仏説大乗荘厳宝王経』 ネパール 15~16世紀以降

ではなかろうか?という独自の推察をしました。同様な疑問を持った方は結構いらっしゃるのではないか、と思います。

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で、田中公明先生がこのうちの(1)『八千頌般若波羅蜜多経』(インド博本)について考察をされている論文を見つけました。

・田中公明 (2016.2) 「インドの仏」展に出品された『八千頌般若経』装飾写本について. (東京大学)東洋文化研究所紀要, no.169, pp.446-433.
http://repository.dl.itc.u-tokyo.ac.jp/dspace/bitstream/2261/59367/1/ioc169007.pdf

この論文に従って、インド博本『八千頌般若波羅蜜多経』の素性を見ていきましょう。

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まず、この写本は、

・若原雄昭 (2011.10) バングラデシュ国内に保存されるサンスクリット仏教写本, 他(BARCユニット1 第2回バングラデシュ調査報告). 龍谷大学アジア仏教文化研究センターワーキングペーパー, no.10-01, pp.1-16.
http://barc.ryukoku.ac.jp/research/2011/10/04/upfile/11-01wakahara.pdf

でも報告されている、Bangladesh Varendra Research Museum所蔵の『八千頌般若経』写本(ヴァレンドラ本)で欠落していた12葉のうちの10葉であることを、田中先生は明らかにしました。残り2葉のうちの1葉は、インドVaranasi वाराणसीのJñāna-Pravaha Centre ज्ञान प्रवाहに所蔵されているそうです。

日ごろから目を光らせ記憶している専門家は、こういうのまであっという間に発見してしまうのですね。すごい。

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さて、ヴァレンドラ本の年代については、

・Sachindra Nath Siddhanta (1979) A DESCRIPTIVE CATALOGUE OF SANSKRIT MANUSCRIPT IN THE VARENDRA RESEARCH MUSEUM LIBRARY VOL.1. xxv+419pp. Varendra Research Museum, University of Rajshahi, Rajshahi (Bangladesh).

によれば、ヴァレンドラ本の奥書では、Nepal  Samvat नेपाल सम्बत(ネパール旧暦)393年=1273AD、Kantipur कान्तिपुर(Kathmandu काठमाण्डु)の王Sadashiva Malla सदाशिव मल्ल[位:1574-80 or 83]の代に書写されたことになっているそうです。

まず、ヴァレンドラ本がネパールで書写されたものであることは明らかのよう。

しかし、その年代はNapal Samvatと王の在位年が一致しません。ネパール仏教の研究者・吉崎一美先生による解読だと、これがNepal Samvat 696年=1576年になります。これだとSadashiva Malla王の在位年と矛盾しません。Siddhanta説は、Ranjana体での「3」とPrachalit体での「6」が似ていることからの誤読、と解されています。

他にも、奥書にある奉献者Shakya Bikshu Haku-juの名は、1558年に書写されたある写本の奥書にも現れることから、ヴァレンドラ本の奥書が16世紀後半の書写であることは確実、とのこと(吉崎先生の指摘)。

ただし、ヴァレンドラ本で奥書が記されている最終葉は、それ以外のfolioとは不調和で、別人による書写と判断されています。冒頭と末尾は木製経板に触れるため傷みやすく、しばしば修復のため新しく書写されたfolioに交換されます。よってこの奥書の年代1576年は、修復の年代を示している可能性があり、本体はもっと古いのかもしれません。

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というわけで、いろいろおもしろいことがわかったわけですが、私の推察「ネパール 13~15世紀」もいい線行ってる感じ。1576年という銘が修復時のものであるならば、「13~15世紀」の可能性も十分考えられるわけですから、ますますいい感じ。

このスタイルの仏教絵画がチベットに現れるのが13~15世紀なのは、おおむね了解されていますが、その元になっている(というより、絵師ごとそっくりそのまま移入したのだが)ネパールのPala朝様式がいったいいつ流行していたのかが、まだはっきりしていない。おおむねチベットと同じ時代に落ちるのは間違いないでしょうが、始まりはもう少し早くでしょうし、終わりはいつまでなのか皆目わからない。

この『八千頌般若経』装飾写本本体の年代も(1576年が修復年であったとすれば)、この辺の研究が進まないと本体の書写年代はわからないかもしれません。

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展覧会の展示物とはいえ、専門家がじっくり観察するとここまで新たな事実が判明するのだなあ、と、プロの研究者の実力を思い知らされたお話でした。

こんな感じで他の2写本についても、何か新しい事実が判明しないかと楽しみになりますねえ。

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